Loading…

スポンサーサイト

Posted by SJ on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

現代のカミカゼ精神 日本人の理想主義と自己愛

Posted by SJ on 22.2015 日本社会   2 comments   0 trackback
前回の記事(「拝啓 林真理子様」)を書くきっかけとなった、川崎中一殺害事件。
関連の報道を見ていて強く感じたのが、おそらく日本人特有の、高い理想主義。私はこれを現代のカミカゼ精神と呼びたいと思う。

林真理子氏の主張に代表される「被害少年の母親が子供にちゃんとかまっていなかったのが悪い」という見方は、少なくとも一部で強い支持を得ているらしい。
私が前回の記事で主張したのは、被害少年の母親は人間なのだから、母親としての役割を果たすためには母親本人の精神の安定が必須であるのに、被害者の母親を批判する人はこの視点を根本的に欠いている、ということ。
言い換えれば、批判者たちは「母親」という果たされるべき役割だけに着目していて、この母親が人間であるということを無視している、ということ。

戦争の歴史について特別学んだわけではないけれど、「永遠の0」で書かれているように、大日本帝国軍が誇った零戦というかの有名な戦闘機は、飛行距離等の性能は抜群に優れていたけれど、そこに乗る人間の体力、さらには生命を軽視した戦闘機であったという。
これはつまり、「戦闘機」という役割だけに着目して特定の性能を向上させる傍ら、「戦闘機乗り」は体力に限界があって生命が一つしかない生身の人間であることを無視していた、ということではなかろうか。

極端な飛躍に見えるかもしれないが、私には、「母親」としての役割だけを強調して被害少年の母親自身に人間性(精神的および肉体的限界)を認めないことは、「戦闘機」の中にいる戦闘機乗りの人間性を軽視したのと全く同じ精神に見えた。

この精神は、つまり、人間は「役割」を果たすことが絶対で、人間であるがゆえの当然の限界はそれを果たせないことの言い訳にはならないというもの。

考えてみれば、日本社会にはこういう人間性を軽視した「役割」主義が蔓延しているではないか。
有給休暇の消化率が低いことは、すなわち、休んで気持ちを切り替えたりストレス発散する必要性を認めないという風潮の強さを表す。極端にいうと、社員は会社のために働くものであって、心身の健康など問題でない、ということ。
根強い性別役割分担や男女間の貞操観念の違いも、「女性はこうあるべき」という役割主義の一形態と取れる。個人の考え方や趣味嗜好といった人間性には当然敬意が払われない。

「母親の役目」とか「社員の務め」とか「女性らしさ」とか、こうした「役割」というのはいったい何なのか?
それは社会的に作り上げられた理想に過ぎない。
公的秩序の維持や社会の発展のためによしとされる理想的な振る舞いを「果たすべき役割」と規定し社会の構成員に刷り込む。それが我々現代日本人の精神に刻み込まれる。
刷り込みは無意識のうちに広く浸透するゆえに、俗に「国民性」などと呼ばれる日本人共通の精神となる。

そして、多くの現代日本人がこういう理想主義に拘泥する背景には自己愛があると思う。

昨今、海外特に「世界の秘境」とやらで奮闘する日本人を涙ぐましく追ったテレビ番組が目に付く。
日本を誇りたいという願望を揶揄した「愛国ポルノ」といった造語も見られる。
同じような傾向のものとして、大東亜戦争を猛省する姿勢は「日本が過ちさえ犯さなければ」という一種のヒロイズムに裏打ちされているという興味深い議論を目にしたことがある。自身をヒーローに見立てたヒロイズムは自己愛の一形態であろう。

このように、日本社会には、「日本は素晴らしい国で、日本人は素晴らしい民族であるはず」という自己愛が昔も今も脈々と息づいているのではないか。
左翼と呼ばれる人は思考の根底にある種のヒロイズムを抱え込んでいるだろう。
右翼と呼ばれる人は日本人としての自己愛がもっと前面に出て、他者の言い分と衝突するのだろう。

自己愛の強さゆえ理想を重んじ、理想の追求のために人間性を犠牲にする精神。
それが私の言う現代のカミカゼ精神。
(カミカゼという言葉を使うのは、あくまで零戦の非人間性を引き合いに出したいからで、特攻隊として散った人々の精神を云々するものではない。)

そしてこれは賛美されるべきものでは決してない。

人間は脆いし、弱いし、あっけなく死ぬ。
働きづめで精神を病む人もいるし、過労死する人もいるし、思いつめて自殺する人もいる。
人間性を無視した社会など、息が詰まるだけ。
海外に逃げたがる日本人は実際にいる。お金に余裕のある家庭では子供をインターナショナルスクールに入れ、留学させる。
日本社会は他ならぬ日本人に見放されつつあるのだ。
だから愛国心に訴えて必死につなぎとめるのだ。その触媒が愛国ポルノだ。

我々は人間を再発見しなければならないのではないだろうか?
理想や役割にからめとられるのではなく、我々は皆、脆くて弱い人間であると認め、おなじ人間として理解し合い支え合わなければいけないのではないだろうか。

そうでなければこの世はあまりにも冷酷だ。
川崎で殺害された少年の母親を糾弾する人々は、きっと自身も人間性を失ってしまったのだろう。
そうでなければ、わが子を亡くした生身の人間を非難することなどできるはずがない。
スポンサーサイト

ちゃんと書き込めていたらいいんですが大丈夫でしょうか?はじめての書き込みなので少し心配です(汗)

あの…SJさんの言葉にすごく引き込まれました、私は伝える作業が下手なもので心底羨ましいです!
自然と好きだなと思いました。

本屋さんでたまたま手にとった本がヒットだった時のような感じというのか(上手く言えずすみません)
いまは幸運から見放されてしまっているかのように、泥沼にハマり込んで抜け出せない感じが続いてしまっていて…。

だけどそんな今だからここに来れたのかもしれないで
す。
もし、もし良かったら私の悩み少し聞いてもらえないですか?
2015.06.06 06:53 | URL | りんご #- [edit]
りんごさん、

はじめまして。コメントありがとうございます。
気まぐれに自分勝手なことを書いているだけのブログですが、読んで頂いた上にありがたい言葉を頂き、とても嬉しく思います。
返信に時間がかかってしまい、申し訳ないです。

なにか辛い状況におありとのこと、私が聞くことで何か少しでもお役に立てるなら、どうぞ何でも話してください。
適切な言葉をかけられるかはわからないですが、重たい気持ちは言葉にして外に出すだけで、何か変わってくるのかなと個人的には思います。

ご訪問とコメントに重ねてお礼申し上げます。

SJ
2015.06.08 14:42 | URL | SJ #- [edit]


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://sjinnigeria.blog100.fc2.com/tb.php/35-7e42d102

プロフィール

SJ

Author:SJ
大阪生まれ、東京かぶれ、オーストラリア、ナイジェリア経由、2013年英国にてアフリカ研究修士号取得。
関心事項はアフリカ、開発、国際情勢、日本の政治・社会、メディア。
趣味は海外旅行と映画鑑賞、写真撮影。
世界で一番好きなものは猫(大小問わず)。

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。