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彷徨う若者

Posted by SJ on 17.2013 アフリカ   2 comments   0 trackback
少子高齢化、そして人口減に悩まされる日本に対し、
アフリカの国々の現代諸問題の一つは、人口増加、特に若年人口の増加です。

一方で医療サービスや衛生環境の改善等による死亡率の低下と平均寿命の延びがあり、
他方で、避妊具の低普及や文化・宗教的理由による高い出生率が維持され、
人口の年齢的分布が変容し、従来の社会構造がバランスを失っていると言えます。

数的に限られた職に、より長くとどまる年長者、そして職にありつけない若者。
こうして若年層の失業率が高まる一方で、
就学の機会は拡大し、それに伴って若者が抱く将来への期待も増す。
ここに不可避的に現れる期待と現実のギャップは開くばかり。

アフリカの若者の目標とは何でしょうか?

人類学者たちによると、第一義的には、一人前になることです。
アフリカ、特に西アフリカの社会においては、
成人して、結婚し、自分の家を建て、家族を養うことが、一人前の大人になるということです。

そして、それがなかなか叶わないのが現実です。

西アフリカの社会では、伝統的に年長者が重んじられます。
結婚して家庭を持って初めて、一家の長として威厳を持つことができるのであって、
それまでは年齢に関わらず半人前なのです。

ただし、結婚するには経済力が必要です。
職にありつけない若者にとって、
家庭を持って一人前になるという、本来なら当たり前に繰り返されてきたことが、
どうしようもなく得がたい、それでいて代替手段の無い、唯一の大人への道なのです。

それができない限り、何歳になっても彼らは「若者」と呼ばれます。

アフリカの大都市を車で走っていると、交差点での信号待ちや渋滞の時に、
道路で様々な商品を売り歩いている行商人を目にします。
商品は、飲み物、ガム、サングラス、携帯電話、掃除用具など、本当に様々で、
たまに、可愛らしい子犬を売っている人を見かけたりもします。

売っている人は、大半が若い男性です。
彼らはストリートベンダー等と呼ばれますが、
これは所謂インフォーマルエコノミーと言われる、政府の監視の行き届かない経済活動であり、
適法の場合もあれば、違法の場合もあります。

フォーマルな経済活動で職にありつけない(=失業状態)ので、
このようなインフォーマルな経済活動に従事するほかないのです。
当然収入は高くないでしょう。
多くの若者は、親や親戚、または有力者からの資金援助無しには生計を維持できません。

このような若者の他者依存の状態を、社会的モラトリアムと呼ぶ場合があります。
日本など先進国で言うモラトリアムとは違い、
社会構造が理由で、責任ある立場になれないこと、つまり大人になれないことを指します。

日本の若者のモラトリアムは、主に大学生などのように、責任を猶予される立場のこと。

責任を持ちたくても社会構造的に持てないモラトリアムと、
責任を猶予される、またはそれから逃れられるモラトリアム。

結果的には同じ「モラトリアム」であっても、
実際はアフリカの若者と日本の若者は対極的な状況にあるのです。

では日本の若者は何を思っているのでしょうか?

バブル初期に生を受けた筆者は日本社会においてはもう若者とは呼ばれないかもしれませんが、
アフリカ的定義によればまだ若者のカテゴリに属します。

周知のとおり、アフリカの社会構造が変容しているのと同様に、
日本社会も大きく変質しています。
特に、都市部で生まれ育った筆者は、そもそも日本の伝統的価値に疎く、
日本での就業経験も浅いことから、礼儀や慣習についても、恥ずかしながら、自信がありません。

伝統が失われ、変形していくのを、身をもって感じ、それを体現している世代と言えるでしょう。
小学生の時分から家にパソコンがあって、次々現れる新しいテクノロジーと共に成長しました。
筆者は所謂「ゆとり世代」ではありませんが、
崩れた日本語を使い、バーチャルな世界と現実を自由に行き来する世代。
物質的には満たされながらも、鬱屈とした社会の停滞の中で成長した世代。

国家としての成長は頭打ち。経済規模で台頭する中国、インドに抜かれ、人口と共に衰退する国力。
そんな現実を見て過ごし、多くの若者は日本社会に希望を持てなくなっていると思います。

日本の若者の目標とは何でしょうか?

私たちは大人になるのは簡単です。
通過儀礼もない。20歳になれば自動的に成人と見なされ、法的に一切の自由を得られる。
もし就職活動で失敗しても、アルバイトや派遣の仕事で自活して生きられる。
そんな簡単で、当たり前に社会から与えられることは目標になりえない。

何のために生きるのか?何のために働くのか?
物質的豊かさを追い求める虚しさにはもう誰もが気づいているはず。

幸せとは何か?自分の心を満たすものは何か?
それはきっと人によって違うでしょう。
明るい家庭を築くこと。社会に貢献すること。偉業を成し遂げること。

でもおそらく、一つ共通するのは、それが他者の存在を前提にしていること。
幸せにするべき家族、貢献すべき社会の人、偉業を認めてくれる人々。
人の心を満たすのは人でしかありえないと私は思います。
誰かが笑ってくれること、感謝してくれること、褒めてくれること、愛してくれること。
人と人との心のやりとり。

そんな目に見えないものを追い求める中で、迷う人が大勢いるのは当然でしょう。
自ら望んだモラトリアムだとしても、そこで日本の若者も彷徨っているのです。
アフリカの若者が大人になれずに彷徨うのと同じ。
変わり行く社会の中で迷う若者たち。
親の世代が生きてきたのと同じ道はない。

ではどこへ向かうのか?

色んな若者が、世界のあちこちで、彼らなりの答えを示そうとしています。

そんな中で、私が示したいのは、
日本の若者とアフリカの若者は
きっと今までよりもずっと効果的に、密接に、手を取り合って、新しい道を開けるということ。
まだ誰も見たことがない世界を、共に作り出せるということ。

彷徨える者同士、手を取り合うのはごくごく自然なことでしょう。

対等な者同士が対等に助け合うということ。
それを実践していけたら、たぶん今とは違う世界が現れるはず。

日本から遠く離れたエチオピアの地を走る車の中で、そんなことを考えました。

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「アフリカの若者の目標とは何でしょうか?」グッドクエスチョンですね。
2013.04.19 07:59 | URL | ささもとまさき #- [edit]
Re:
コメントを頂きありがとうございます。

一概に言える性質のものではありませんが、一考に値する問いだと考えています。
2013.04.25 14:32 | URL | SJ #- [edit]


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プロフィール

SJ

Author:SJ
大阪生まれ、東京かぶれ、オーストラリア、ナイジェリア経由、2013年英国にてアフリカ研究修士号取得。
関心事項はアフリカ、開発、国際情勢、日本の政治・社会、メディア。
趣味は海外旅行と映画鑑賞、写真撮影。
世界で一番好きなものは猫(大小問わず)。

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