Loading…

スポンサーサイト

Posted by SJ on --.-- スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦後70年談話 謝罪を超えて未来へ

Posted by SJ on 15.2015 日本政治   0 comments   0 trackback
平成27年8月14日、終戦70年に合わせて安倍首相が内閣総理大臣談話を発表しました。
(談話全文 http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html)

国内外で様々な批評が行われていますが、最近の国際情勢や国内の政治の動きに照らして、自分なりの解釈を書き留めておこうと思います。

談話はまず世界的な植民地主義の時代の回想から始まります。
そしてそれが日本に与えた、正と負双方の影響。
日露戦争、第一次大戦を経ての、民族自決原理の萌芽と戦争回避のための国際社会の形成。
そして経済危機と、日本の国際社会からの孤立。
日本が第二次世界大戦へと突き進んでいった過程を、当時の国際情勢の文脈の中で振り返ります。

それから、このようにして戦争に至り甚大な被害を出したことへの痛惜と、戦没者、戦争被害者への哀悼。
このような過去の上にある現在の日本の平和への決意。
歴代内閣の「反省とお詫び」の継承の確約と、アジア諸国の平和への貢献。
日本を国際社会に復帰させてくれた諸外国の寛容さへの謝意。
謝罪の宿命を次世代に負わせない決意。
戦後日本人の努力と国際社会の寛容さを語り継ぎ、世界の平和と発展に尽くす決意。
法の支配、女性の人権、自由で公正で開かれた国際経済システム、貧困撲滅といった価値の尊重。
こうした国際貢献を支える「積極的平和主義」。
日本国民との結束の呼びかけ。

一節一節語りかけるように練られた談話は、大まかに振り返るとこのような構成になっています。


批判的な意見で代表的なものは、
「安倍首相は自分のことばとして反省やお詫びを述べなかった」というもの。

談話から該当部分を引用すると、
「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。」
と、「お詫び」や「反省」は歴代内閣の表明した立場の引用としてのみ言及されています。

しかし、ここで見落としてはならないのは、反省とお詫びへの言及と、その立場の継承の確約にはさまれた「その思いを実際の行動で示すため...力を尽くしてきました」の部分だと思います。
つまり、この談話は、歴代内閣が述べた反省とお詫びの気持ちを、日本は東南アジア、極東アジアの国々への平和と繁栄への尽力という行動で示してきたと主張しているのです。
隣国が謝罪やそれを示す行動を要求し続ける中で、お詫びの気持ちも、それを示す行動も、日本はずっと示してきたと主張しているのです。

そして、この立場が、少し後に続く
「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」
という言葉にも繋がっているのだと思います。

日本は70年間ずっと反省してきたし、お詫びの気持ちを行動で示してきた。
今後も日本は歴史を正しく語り継ぎ、世界への貢献を続ける。
そうした中で、戦争を知らない世代にいつまでも謝罪を続けさせるわけにはいかない。
そのような意思の表れがこの文章なのだと思います。

また、談話は、戦後日本が国際社会に復帰できた背景に、諸外国の寛容さが欠かせなかったことを強調しています。
具体例を複数挙げ、戦争被害者や元戦争捕虜への感謝を繰り返し述べます。

一部を引用すると、
「戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。」
このように述べています。

個人的に、この談話が前向き、つまり未来志向だと感じたのは、これからの国際貢献の方針に触れた部分ではなく、まさにこの部分があったためでした。
日本が犯した過ちについて、反省やお詫びを表明するのは難しいことではありません。
誤った行動をとったこと、多大な犠牲を生んだことは誰の目にも明らかだからです。
しかし、その後、日本が無事に国際社会に迎え入れられたことを振り返り、その陰にある戦争被害者や戦火を交えた各国の寛容さに謝意を示すということは、真正な反省の念がなくてはできないことだと思います。
私はこの感謝の表明の底に、中国や韓国が年々声高に要求する「謝罪」を超えた、痛切な反省を読み取りました。

予期されていたことですが、この談話に対して、韓国市民から「偽物の謝罪は必要ない」などと反発が出ています。
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150815-00000068-jijp-int.view-000)
同国の朴槿恵大統領は、「残念な部分が少なくない」と不満を述べ、謝罪と反省の意志を具体的な行動で示すよう求め、特に慰安婦問題について「速やかに適切に解決することを望む」と従来の言説を繰り返しました。
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150815-00000035-asahi-int)

残念ながら、韓国政府や一部の韓国国民は、彼らの思い描く形での謝罪や贖罪行為が提示されない限り、同じように不満を叫び続けるのだろうと感じます。
彼らは和解を望んでいるように見えません。ただ侵略の被害者として、償いを受ける権利を主張したいだけに見えます。

この談話が偽物の謝罪だというのなら、本物の謝罪とは何なのでしょうか。
戦争に直接加担したのではない現代の日本の首相に、「本物の」謝罪などできるのでしょうか。
既に終戦から70年の時が流れ、今の日本に生きる我々は、語り継がれた戦争の記憶に基づいてその惨禍を想像し、その想像に対して涙を流し、反省することしかできません。
70年前の戦争に対する謝罪を求めるには、あまりにも長い時間が流れてしまったのだと思います。

だからこそ、我々は謝罪を超えて未来へと歩むべきなのだと思います。
色々な国や国内各派への政治的な配慮も当然あったでしょう。
しかし、この談話で示された反省、お詫び、そして国際社会の寛容さへの感謝は、日本が国家として真摯に歴史と向き合ってきたことを明確に示すものであったし、談話の後半では、そうした戦後の歩みに基づいて、これからも、変わりゆく国際情勢の中で普遍的価値に基づいて国際貢献を行っていくという決意が強く表明されました。
総じて、この談話は日本国の深い自省とより良い未来への積極的な姿勢を示す素晴らしい内容であったと思います。

さらに、結びの部分では、
「私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。」
とし、自由、民主主義、人権といった価値を現代の国際秩序の基礎と暗に示しています。

この部分では、南シナ海等で秩序を乱しつつある共産主義国家中国への牽制も当然意識されているのでしょうが、今年に入ってから日本外務省が韓国に関する記述から「自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する」という文言を削除したこと(関連記事 http://www.sankei.com/politics/news/150304/plt1503040025-n1.html)も念頭に置くと、韓国への牽制も垣間見えてきます。

談話をめぐる国内外からの批判は続くでしょう。
長いわりに内容が薄いという日本国民からの批判も多いようですが、戦争への深い反省と、戦後日本の歩み、特に国際社会の寛容さとそれを背景とする日本のアジア諸国ないし世界的な平和と繁栄への貢献と、そしてこの先の日本の方向性、すなわち積極的平和主義と、中韓を睨んだ政治的戦略を明確に示したという意味で、内閣総理大臣談話として大きな意義のあるものであったと思います。


末筆になりましたが、平成27年8月15日、終戦から70年を迎えたこの日に、筆者も一人の日本国民として、遠い空の下から全ての戦没者に深い哀悼を捧げます。
スポンサーサイト
  

プロフィール

SJ

Author:SJ
大阪生まれ、東京かぶれ、オーストラリア、ナイジェリア経由、2013年英国にてアフリカ研究修士号取得。
関心事項はアフリカ、開発、国際情勢、日本の政治・社会、メディア。
趣味は海外旅行と映画鑑賞、写真撮影。
世界で一番好きなものは猫(大小問わず)。

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。